病気になるのも捨てたものではない
人間は三日生死の境をさまようと聖者になれる、といいます。
別に聖者にならなくてもいいのですが、病気になったら「自分を考えるチャンスが訪れた」と前向きにとらえることです。
そうすれば病気はたんに痛い、苦しいものではなく、別の価値あるものになる。
そして治りも早いのです。
「先生、父が寝たきりになってしまって、困っているんです」
田舎の小さな病院の医師は人生相談も引き受けなければなりません。
こんな相談をもちかけられることがよくあります。
「おや、そうですか。でも私にはあなたのほうが寝たきりに見えますけど」
「またまた、先生は冗談ばっかり」
・・・医師は別に冗談をいっているわけではないのです。
家族に寝たきりが出れば、たしかに困るでしょう。
しかし面倒を見る者だけが困るわけではない。
寝たきりになったほうだって、どれだけつらい思いをしているか。
自分の親なのに、いかにもやっかいもののようにあつかい、ストレスで心が動けなくなっている。
だから医師は
「心の寝たきりだ」
・・・といっているのです。
重い病気をしたことのない人は、病人には冷たいところがある。
経験がないから仕方がない面もありますが、そういう人でも一度病気をすれば病人のつらさを考える。
苦しんで、つらい思いをして、涙を流して、またひとつ成長していく。
病気になるのも病人をみるのも捨てたものではないのです。